帰ってきた750ライダー

バイク暦35年、GSR750で大型復帰したおやじの戯言

Category: その他  

3.11をむかえて

3.11・・・この日の出来事を解説する必要はないですね。
みなさまもそれぞれの想いでこの日を過ごされたとおもいます。

4年前のこの日から数日後には現地に向かっていました。
もちろん車など走れる状態ではなかったので当時複数台もっていた
バイクからXR-BAJAに無線、サバイバルキット、予備の燃料等を搭載して何処へ
行っていいのかも分からず、ひたすら北上したのを覚えています。

自衛隊も入ってきていましたが、あまりにも広大な被災地域に手付かずの地域が多々あり
バイクで入れること、助かっている人のいる可能性がある範囲で単独で捜索に入りました。

ナビなど全く役に立たないと思いましたけど、亡骸を見つけた場所等の緯度経度を知ることが
できたので無線を使い連絡をして、目印の旗を立て、後から迎えにきていただきました。

そんな中で、2階に非難をして難を逃れたもの移動ができず途方にくれていた
ご家族と会うことができました。
バイクの音を聞いて飛び出してきてたそうで、正直ビックリしましたね。

発見したのが夕方だった上に情報が混乱していて救助も翌日になるとのことで
私もその家の2階でご家族と1晩過ごしました。
持っていた食料、簡易防寒具を渡して、全員が救助をされまでその場に留まりました。

その後はどうしているのかを知る由も無かったのですが、ある方を通して私のところへ
福島であなたに会いたいと言う方がいると連絡がありました。

震災後も何度かボランティア等であちこち行っていたので、てっきり片付けを手伝いに
行った家の方かと思っていたら、あの夜のご家族だったのです。

ニュース等でご存知の通り、せっかく助かっても寒さに耐えられず亡くなった方も
多々いたそうです。

私の発見があと1日遅かったら危なかったと聞き、本当に行ってよかったと思いました。

そして今日、そのご家族の招待を受けある場所での式典に参加をして
一緒に2時46分を向かえました。

亡骸を見つけてせめてもと周りの瓦礫をどけたとき
一瞬手を握られたような気がしたのを思い出すといかに無念であったかを
想い、涙が止まりませんでした。

このご家族はもちろん、多くの被災者の方々に何の罪があるというのでしょうか?
そして破壊された神社もありました、当たり前ですけど神様も自然の前には無力なんですね。


あらためて思ったのは、今生きている事への感謝、これは自分を支えてくださっている
全ての方ですね、実の部分はもちろんですけど心の支えになってくれている多くの方々に・・・

困ったとき、辛いときに手を差し伸べてくれた方って一生忘れないですよね
いつまでもそんな人間であり続けたいと心から思います。


そして自分を必要としている方の為には、誠意で向かい合おうと思います。


個人でできることなど本当にわずかですし、微力も微力です。
もちろん警察や自衛隊などしか入ることができない現場も多々あります。

でも、今回のように手が足りないときには協力していきたいと思います。
だれか一人でも私と出合ってよかったと感じていただけたら、それは私にとっても
幸せなことだと思います。

他にもお会いしたかった、気がかりな方もいるので、また福島に行きたいと思います。



写真は一切撮っていません。

それではまた。
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Comments
Edit
何度も読んで何度も感動しました。
忘れたい、でも忘れたくない。
被災された多くの方々が今もその狭間で苦しんでいると思うとなんとも切ない気持ちでいっぱいになります。
Edit
>3160さん
4年経って、大きな場所では復旧は進んでいても
個人までは全く追いついていないと感じました。

駅まで家族全員で迎えに来てくださり、握手をした
手の温もりがとても嬉しかったです。

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